さとこ虫ブログ

イラスト制作を中心に活動する、さとこ虫ワールドを綴っていきます。

2023年カード解説「孤高」

2023年版の紋章カードの解説です。

趣向を変えて物語にしていきます。

どこかの誰かの、カードが伝えてくれる物語です。

 

 

今日はもう 子どものように眠りたい。

今の私を知りたくない。
だけどこの思いを 誰かに聞いてもらいたくて眠れない。



・・謙虚な人に憧れていた。

でもそれは、「傲慢な私」の保険のようなものだったと 今日気付いた。

 

今日の終業までは、自分の功績に満足していた。
今月も社内の営業成績は女性の中で一番高かった。後輩がうらやむ。賛美の声がかかる。「そんな、お客様のお陰だよ」 と言いつつ、心の中では、(私、がんばってるもの)と言っている。

 

いつだってがんばってきた。

何が求められるかのリサーチ、お客様への細やかな配慮、スケジュール管理、実行力。

(これだけやってきたんだから、こそよ)と思ってきた。

ワタシハ ナクテハ ナラナイ ソンザイ。

 

・・仕事帰り、今日とれた契約の自分へのご褒美にとねぎらいで、ずっと気になっていたカフェへ行こうと決めた。いつもの駅より二つ先の街にある老舗のカフェだ。
最近は、自家焙煎の珈琲を淹れてくれるお店は 山ほどあるけれど、何十年も前から自家焙煎、ハンドドリップを提供する先駆けとなったお店だとSNSで評判だ。

重厚なそのお店のドアを開けると、店内は薄暗く、閉店しているかと思うほど。
その奥のカウンターだけが、白髪をきれいにそろえた初老の方の頭と、ぴったりアイロンのかかった真っ白のシャツでふわっと明るく映っていた。

 

そのマスターが、伝説のその人だろう。気品ですぐわかる。

ブレンドの珈琲が、水量と豆の量で5種類もある。

何をどうして頼んだのかもわからない。

茶道のような穏やかな所作で淹れられた珈琲が 私の前に差し出された。

 

それはお驚くほど低温で、一口含むだけで複雑な味が膨らむ。その次に甘みが引き立つ。今まで飲んだどんなコーヒーとも違うのだ。最後の一口は赤ワインのように豊かだ。ふっと楽になり、体に力が入っていたことに気づく。

あまりの不思議な感覚と驚きで
「どうしてこんなにおいしいのですか」

と口にだしていた。

マスターはしばらくの間、間があった。機嫌を損ねたようではない。私の問いに真摯に答えようとされた時間だった。

「・・毎日、毎日 焙煎のことを思っています。思い通りにいったと思ったら、全く違うものになってしまったことが何度もあります。

正直その時は、もうやめたくなります。

私がおいしく感じても、お客様は どの煎り具合がおいしいと思われるかわからない。

その繰り返しです。 

ただ、あせるな、ゆっくり、ゆっくりと言い聞かせています」

 

真摯な取り組み、という言葉はこのマスターのような方のためにあるのだろう。

一つ契約を伸ばして得意気になっている私が恥ずかしくなった。

「あせるな、ゆっくり、ゆっくり・・・」の言葉が離れない。

 

 

感激と失望の混ざったまま自分の部屋にいた。

「私ならできる」そうがんばってカクトクしてきた。お客様からの支持も信頼も上々だと思っていた。
だけど、マスターの珈琲と会話で魔法がかかったように、私の功績はガラスのパネルがはがれるように あちこちに落ちていくイメージが浮かぶ。

マスターを前にして、傲慢きまわりない自分が あぶりだされてしまった。

多分、今だって人は私を支持してくれるだろう。(今のままキット ウマク イク)

だけど私は自分のウソに気づいてしまった。この街に出てきて、生きるのに必死で「何の価値もない私」と思い知って、なんとか功績をあげて「価値ある人」と認めさせようとしてきた私を。

多分、人は(それがトウゼンだよ)というだろう。だけど私はあのマスターの珈琲を飲んでしまった。そしてわかってしまった。知りたくない私を知ってしまった。

 

それはたった一つ「価値」に縛られた私だ。

 

とても痛い重みなのに、数パーセントの風穴を感じる。その風穴からマスターの静寂がぽたりと流れてくる。
ああ、マスターは孤独ではなく「孤高」なまでに、自分の慢心を見張り、何十年も豆を炒りつづけたんだ。

明日になれば、私はきっと誰かがくれる「ちやほや」に上機嫌になるだろう。

何も変わってこないのかもしれない。

でも 忍び寄る「価値」の囚われに、私は孤高に取り組んでいかなければ、このゼンマイ仕掛けから逃れられないだろうと気付いた。